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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)836号 判決 1978年10月27日

控訴人

上出奈良吉

右訴訟代理人

稲垣貞男

被控訴人

黒川一雄

右訴訟代理人

田浦清

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、別紙目録(一)の(4)記載の土地についてなされている同目録(三)記載の仮登記の抹消登記手続をせよ。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

(一)  控訴人が曾つて大阪市浪速区新川三丁目六五五番の六八宅地140.48平方メートルを所有していて、その仮換地として、大阪市浪速区新川工区二三ブロック五号の二土地97.48平方メートルが指定されていたこと、控訴人が被控訴人に対し、昭和四一年二月一三日に右仮換地の内の東側の通路敷部分(以下、本件売買土地という)を代金二七万円で売渡し、被控訴人が控訴人に対し、即日、右売買の手附金として金八万円を交付し、同年五月二六日にこれが売買残代金一九万円の支払を済したこと、控訴人が右六五五番の六八の土地を別紙目録(一)の(1)ないし(3)記載の土地に分筆したこと、被控訴人が本件売買土地を実測したところ、その面積が11.25平方メートルであることが判明したので、被控訴人において、前記六五五番の六八に関する仮換地指定の換地率が69.3829パーセントであるため、本件売買土地に対応する従前の土地の面積は16.22平方メートルであり、それは別紙目録(一)の(3)記載の土地の内に含まれているとして、昭和四二年五月中に債権者代位権に基づき、別紙目録(一)の(3)記載の土地から同目録(一)の(4)記載の土地(以下、本件土地という)を分筆した上、同年同月一五日に、本件土地につき、別紙目録(三)記載の仮登記(以下、本件仮登記という)を経由したこと、及び控訴人が被控訴人から受領した右売買代金二七万円を昭和四二年四月五日に被控訴人に宛てて弁済供託したことは、いずれも当事者間に争がなく、別紙目録(一)の(1)ないし(3)記載の土地につき、それぞれ同目録(二)の(1)ないし(3)記載の土地が仮換地に指定された旨の控訴人の主張は、被控訴人において明らかに争わないから、その事実を自白したとみなすべきものである。

(二)  ところで、右の各事実に、<証拠>を総合すると、

(1)  本件売買契約は、事実上、控訴人の縁者である控訴人の代理人上出常三と被控訴人との間において締結されたものであるところ、本件売買土地の範囲については、右常三と被控訴人とにおいて、これが売買契約の締結に際し、現地において具体的に指示・確認して特定したが、その正確な面積は、後日実測して確定することとし、売買契約書には一応約三坪五合と記載しておくことにしたこと

(2)  なお、右契約の締結に当り、右常三と被控訴人との間において、「売買物件は坪数が非常に少量につき分割登記できる場合は売買契約を解消することあるべし。それにつき分割登記なすまで公正証書作成し、売却の証とすること互に約諾する」旨の特約(以下、本件特約という)をなしたが、右特約の趣旨は、本件売買土地が土地区画整理事業施行中の土地であるところ、その面積が余りにも小であるため、土地区画整理事業施行者から本件売買土地のみにつき独立して仮換地の指定をうけ得るか否か疑わしかつた関係上、若しその指定をうけることができず、そのため、本件売買土地に関し、分筆して、被控訴人所有名義に登記することができない事態となつたときは、当事者のいずれからでも本件売買契約を解除することができるというものであつたこと

(3)  控訴人と被控訴人とは、右約定に基づき、本件売買契約を一層明確にし強固ならしめるため、昭和四一年五月二六日に、本件売買土地の面積を約三坪と表示した上、本件売買契約の主たる内容を内容とする公正証書を作成したが、右公正証書による契約は、本件売買契約の核心部分を確認するためのものであつて、本件売買契約の趣旨・内容を特に変更するものではなく、右公正証書に記載されなかつた契約内容も失効させる意図はなかつたのであり、本件特約も右公正証書に記載されなかつたけれども、これが契約当事者間においては、当該特約を失効させる意図は絶えてなかつたこと

(4)  ところで、本件売買土地は面積が極めて小さかつたのみならず、公道に面してもいず、また、被控訴人において本件土地に隣接する土地を所有してもいなかつたため、本件売買土地及びその附近一帯の土地につき、土地区画整理事業を施行していた大阪市長においては、本件売買土地のみを独立して一個の仮換地たらしめる仮換地変更指定処分をなす意思がなく、昭和四二年二月一日頃に右事業担当者において前記常三と被控訴人とに対し、右の意思がない旨を確定的に表明したので、控訴人たる右常三は、その頃被控訴人に対し、本件特約により本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたこと

(5)  ところが、被控訴人においては、その後、右土地区画整理事業施行者及び控訴人とは全く関係なしに、一方的に、先ず債権者代位権に基づき、別紙目録(一)の(3)記載の土地から本件土地を分筆した上、本件土地につき仮登記仮処分命令を申請し、その命令を得て、本件仮登記を経由したことをそれぞれ認めることができる。<証拠判断略>。

(三)  そこで考えてみるに、右認定の事実関係からすれば、本件売買契約は、控訴人代理人たる前記常三が本件特約に基づき昭和四二年二月上旬頃に被控訴人に対してなした解除の意思表示により、解除されたといわなければならない。

ところで、被控訴人においては、「本件特約は昭和四一年五月一六日頃に被控訴人と控訴人との間において破棄されたものである」旨を主張する。しかしながら、右主張に副うが如き原審及び当審における被控訴人尋問の結果は、たやすく措信し難く、他に右主張事実を確認するに足る資料はなく、また、前記公正証書作成の趣旨は前記認定のとおりであるから、当該公正証書の作成の際に、被控訴人との間において本件特約を破棄することにしたわけでもないことは明らかである。よつて、被控訴人の右主張は失当である。

なお、附言するに、本件売買土地は仮換地の一部であるところ、本件土地が本件売買土地に対応する従前の土地であるとは到底いえないのである。即ち、本件売買土地は、前記六五五番の六八宅地140.48平方メートルの仮換地である前記工区二三ブロツク五号の二土地97.48平方メートルの内の特定された11.25平方メートルの土地であるが、右仮換地指定における減歩率は六九パーセント強であり、本件においては、当事者間において、本件売買土地に対応する従前の土地を特定したわけでもないから、本件売買土地に対応する従前の土地の位置・範囲は、確定し難いわけである。従つて、本件の場合においては、右仮換地の全体の面積である97.48平方メートルに対する本件売買土地の面積である11.25平方メートルの比率に応じ、従前の土地である前記六五五番の六八宅地140.48平方メートルの持分九七四八分の一一二五につき、控訴人と被控訴人との間に売買契約が締結されたと解さざるを得ず、これが売買により被控訴人において取得した所有権は、従来の土地たる右六五五番の六八の土地全体に右持分の割合で及んでいるのであり、従前の土地の特定の一部が被控訴人の所有に帰したということにはならないといわなければならない。そして、この場合、本件売買土地に対応する従前の土地を特定するためには、土地区画整理事業施行者において仮換地変更指定処分をなすことが不可欠であるが、それは右施行者の専権に属することであり、右施行者においては、当該事業の施行上の必要に応じ、右変更指定処分をなすか否かの裁量権限を有するものというべく、右施行者を排除した上、本件売買土地の買主たる被控訴人のみにおいて、一方的に、前記の減歩率に基づき、本件売買土地の面積により、それに対応すべき従前の土地の面積を逆算し、それを16.22平方メートルであるとした上、前記六五五番の六八の土地の一部に該る別紙目録(一)の(3)記載の土地から本件土地16.22平方メートルを分筆し、それを本件売買土地に対応する従前の土地であるとすることは到底許されないといわなければならない。原判決においては、「本件特約の趣旨は、従前の土地につき分筆登記をすることができないときは、本件売買契約を解除することができるという趣旨なのか、又は従前の土地について分筆登記ができても、土地区画整理事業施行者において、これに対応して仮換地の変更指定処分をすることができないときには、本件売買契約を解除することができるという趣旨なのか、更にはその双方の趣旨を含んでいるのかは、必ずしも明らかでないが、従前の土地について分筆登記をすることを妨げるような障害事由は何もないし、また、従前の土地について分筆登記がなされ、その分筆された土地が譲渡されて、所有権移転登記がなされたようなときは、土地区画整理事業施行者は、右登記簿の記載の変動に応じ、仮換地の変更指定処分をすべき義務があると解されるのであり、右仮換地の変更指定処分をなすのを妨げるような障害事由は存しない。そうすると、本件特約の趣旨が前記三つのいずれの場合であつても、本件の場合には、本件特約にいう分筆登記不能または仮換地の変更指定処分不能に該当しないから、本件特約に基づき、本件売買契約を解除することはできない」旨を説示するのであるが、従前の土地が分筆された場合においても、土地区画整理事業施行者においては、従前の土地につき既に指定されている仮換地につき、右分筆に応じ、必ず仮換地変更指定処分をしなければならない義務を当然には負担するわけではなく、当該土地区画整理事業の施行上支障のある場合には、これが仮換地指定処分を維持することもできるというべきこと、前記のとおりであるから、右の説示は、その前提を誤るものであつて、到底首肯し難いといわなければならない。そうすると、本件土地は、本件売買土地に対応する従前の土地であるとはいい難いから、被控訴人が債権者代位権に基づき別紙目録(一)の(3)記載の土地から本件土地を分筆した点は、その当否は兎も角として、法律上許されるところであるとしても、本件土地が本件売買土地に対応する従前の土地であると認めて発せられた前記仮登記処分命令は、違法であるといわざるを得ないのである。

そうすると、本件土地は、本件売買土地に対応する従前の土地ではないから、本件売買契約が解除されるまでもなく、本件土地についてなされている本件仮登記は、本件土地の所有権者である控訴人との関係において抹消さるべきものであるといい得るが、本件においては、本件売買契約が既に解除されていること前記のとおりであるから、尚更、本件仮登記は抹消さるべきものといわなければならない。<以下、省略>

(本井巽 坂上弘 野村利夫)

目録<省略>

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